●計画変更、二転三転
最初に横断旅行を夢見た日から、だいぶ月日がたっていたため、私の生活はかなり変化していた。
まず、現在はカナダに住んでいるということだ。そのため、横断は自国を旅するようなものなので、パスポートはいらないし(実際はID代わりに持っていったけど)、換金の必要もない。これはラクだった。
それと、私はもはや独り身ではなかった。これが一人旅ではなくなった理由だ。それでも長いこと、私はVIAでの一人旅を考えていた。結婚していても、パートナーと趣味が違うなら、あえて一緒に行動する必要はない、というのが私の考え方だ。スイス人である夫シュテファンは、私ほどカナダが好きではないようなので、私一人で行こうと思っていたのである。
ところが、彼の学業と仕事の間が、ちょうど1ヵ月ほど空くことになった。時はまさに、私が旅行を予定していた6月。しかも、彼がカナダ旅行に興味を示し始めた。取材などで国内のあちこちに行っている私と比べ、彼は、7年近くカナダに住んでいるのに、バンクーバー以外はほとんど知らない。そこで時間がある時に、カナダのいろいろな場所を見てみたくなったらしい。
形態(一人旅か二人旅か)が変われば、方法も変わる。シュテファンが旅行に向けて車の免許を取りに行き始めたので、必然消滅していた「トランス・カナダ・ハイウェイの旅」が、俄然、浮上してきた。ビクトリアまでバス&フェリーで行き、そこでレンタカーして、東部までトランス・カナダ・ハイウェイをたどっていくというものだ。「マイル・ゼロ」を結ぶ旅も、本当に夢ではなくなった。
この時は、無謀にも行き帰りともに車を考えていた。まだ6000キロという長さの実感がなかったのである。ご丁寧なことに、帰りは北の方を廻ってこようとか、いやアメリカだとか、そんなことまで言っていた。そりゃ行って帰るだけなら、1ヵ月でできるかもしれないが、ロッキーだけでも1週間は費やす旅である。地図を買ってきて、冷静に考えたら、無理なことはすぐ分かった。
結局、帰りは飛行機で一気に戻ることにして(そのほうが旅行そのものの日程を増やせるから)、先にハリファックスからのチケットを入手しておいた。まあ、おシリが決まっていたほうが、あてどもなく放浪してしまうよりいいだろう(実はけっこう放浪しやすい性格なんである)。
また、行きは、車とVIA鉄道の両方を使うことにした。私がどうしてもVIAに未練があったことと、部分的に鉄道を使ったほうが、効率よく横断できると判断したからだ。
こうして二転三転したあげく、ようやく旅の概要が固まった。
●2000年6月4日 いよいよ出発
6月4日、いよいよカナダ横断旅行のスタートだ。
出発はここバンクーバーから。VIA鉄道でまずジャスパーに向かう。そこでレンタカーをして、カナディアン・ロッキー内を観光し、カルガリー、エドモントン、サスカチュワンを通って、ウィニペグまで行く。ここから再びVIA鉄道に乗ってトロントまで。そして、トロントでまた車を借りて、メープル街道とアトランティック4州は車でまわるのだ。
このように大まかなルートは決めていたけど、細かいことはいっさい決めず、宿泊も行きながら予約するというように、かなりフレキシブルな旅であった。
午後4時、パッキングを終え、長期間留守にするための準備も済ませて、私たちは5時30分発のVIAに乗るべく、駅に向かった。