●笑うマウンテン・ゴート
観光バスに乗って旅行していた時は知らなかったが、ジャスパー国立公園に入る時には、お金を払わなければならない。料金所では、これからどこへ行くか、何日までジャスパーとバンフの国立公園内にいるか聞かれて、入場料を払い、そのレシートに赤字で大きく、ここから出る日付けが書かれる。それをずーっとフロントガラスの上のほうに、外から見えるように貼っておかなければならない。
私はいつも旅行中の全レシートをとっておき、日記に張り付けておくのだが(取材時代の名残りみたい)、この国立公園入場料のレシートは、最初からインクが薄くて、今は赤字以外ほとんど見えない状態になってしまい、正確な金額が読みとれないが、けっこう高かったと記憶している。
ただ、この料金所でくれる「THE MOUNTAIN GUIDE」、これはスグレものだ。大判でペラッペラの40ページのガイドだが、中には国立公園内の情報がぎっしり。エリアマップ、ビューポイント、観光地とその施設、主要拠点からの時間、ハイウェイインフォなどのほかに、野性動物の紹介や注意事項も…。
第13回の「野性動物」の項で書いた、エルクやグリズリーとの距離については、このガイドに書いてあったものだ。観光バスではなく、自分の手段(自転車の人もいる!)で国立公園に入って行こうとする人にとっては、非常に役立つガイドブックである。
アサバスカ・フォールズを出発して、バンフ方面に南下していくと、左手にマウンテン・ゴートが群れで生息しているところがある。
…といっても、彼らは崖の高ーいところにいて、ビッグホーン・シープやエルクのように、道路の近くまで来ていることは非常に少ない。崖の岩肌で岩塩をなめているのだと聞いたことがある。地理の勉強を思い出してほしい。カナディアン・ロッキーは、かつては海の底だったのだ。それで、地層に含まれるミネラルたっぷりの岩塩を、栄養素として取り入れているのだ。
国立公園のガイドにも、ちゃんと書いてあった。
“GOAT MINERAL LICK”
LICKには「動物が塩をなめる所」という意味がある。
崖のかなり高いところの岩肌にゴマ---いや、もっと小さく見えるから、ケシの実かな---を貼り付けたように、白くポツポツした点。それがマウンテン・ゴートだ。
「あの辺に見えると思うよ」とシュテファンに話しかけた時、道端にぽつんと一匹でたたずんでいるマウンテン・ゴートが目に入った。周囲を見回したが、家族らしい群れも、仲間もいなかった。1匹だけ、山を下りてきちゃったんだろうか。
笑っているような間のびした顔でこっちを見ているこの1匹の写真は、けっこうお気に入りである。