●ウィスラー・マウンテン
Home Accommodationについてチェック・インを済ます。オーナーは若いご夫妻で、3年前に取材に来た私のことを覚えていてくれた。
しかし、積もる話もそこそこに、さっそく出かけなければならなかった。早くしないと、予定変更して今日行くことにした所を全部まわれないかもしれないのだ。
まずはウィスラー・マウンテンに向かう。よくスキー・リゾートのウィスラーと混同する人がいるが、このウィスラー・マウンテンは全然別物だ。ジャスパーの町をちょっと出たところにある標高2464mの山で、2285mの地点までトラムウェイ(ゴンドラ)で一気に上れる。ゴンドラは日没近くまで運行しているが、できるだけ眺めのいい時間に上りたい。ジャスパーの町と周りを囲む湖の数々、そしてロッキーの山々が一望でき、晴れていれば、来る途中にVIAから見たロッキー最高峰のマウント・ロブソンも見えるのだ。
やはり車があると便利である。以前は町中からタクシーでトラムウェイ乗り場まで行き来したこともあった。
おお、懐かしきトラムウェイ・ステーション! 相変わらず料金は高いけど。大人1人往復でC$17だ。年々高くなっているみたい。
しかし、それだけのお金を払った価値はあった。曇ってはいたが、周囲の雪をかぶった山々がくっきり見え、ジャスパーの町もよーく見えた。前に姉と来た時は、頂上に着く直前にゴンドラが雲の中に入ってしまい、上からは真っ白で何も見えず、お茶を飲みながらしばらく待たなければならなかったのだ。今日はラッキ〜
ただ、頂上の景色は、私が今まで見たものとは全然違っていた。雪がこんなに残っているとは思わなかった。木製の遊歩道の一部は、雪で完全に埋っている。それでも私たちは、さらに高い峰を目指して、ゆるやかな斜面を上り始めた。ずーっと電車の中にいたので、とにかく動きたかったのと、やっと最初の目的地に着き、その最初の観光ポイントだったので、うれしくてしょうがなかったのだ。
私たちのほかにも、上っている人が数人いた。静けさの中に、隣の峰で起こっている雪崩の音が聞こえてくる。岩の上に腰掛けて、その様子をしばらく眺めた。バンクーバーとはまったく違う時間が、ここには流れているようだった。
斜面の反対側にまわってみる。そこからジャスパーの町を眺めていると、手前の雪が残る地面で何かが動いた。なんだろう?
2人で息を殺して見ていると、それは白と茶色で見事に保護色になっている鳥だった。私たち、大興奮! これがロッキーで初めて見る野性動物である。そーっと近くまで行ってみる。その鳥は、特別警戒するでもなく、一心に地面の何かをついばんでいる。そばで見ると、足まで羽毛で覆われている。こんな鳥、初めて見た。
「マウンテン・チキン!」
ふいにシュテファンが言った。
「はあ〜? マウンテン・チキン〜?」
そんな鳥、いるのぉ? たしかにチキンくらいの大きさだけど‥‥。
彼いわく、ドイツ語にはそういう名前があるんだって。シュテファンの母語はスイス・ジャーマンなのだ。
動物の名前に関しては、シュテファンには面白い話がいっぱいある。
2年前、私の家族とツェルマットを旅した時のこと。マッターホルンを望む最も高い展望台付近で、斜面の下のほうに小動物が出てきた。みんなで一斉に「あれは何?」と聞くと「あーっ、ムルメリ!」だって。
ムルメリ‥‥
なんだか可愛い響きでしょ。
あとで調べたら、英語名はマーモットだった。マーモットは、ここジャスパーにも結構いるらしく、マーモット・ベイスンという名のスキー場もある。
今回、時々見かけた大きいハチかアブのような虫は「フンメリ」だって。
フンメリ‥‥
これも、しみじみ味わってみると、なんだか面白い響きだ。
極めつけは・・・
スイスのシュテファンの家に滞在していた時のこと。彼が冷蔵庫から固くなったチーズを出して刻み始めた。
「何すんの?」
ちなみに、シュテファンは日本語を少し話す。
「ニワ・チキンにfeedします」
はあ〜?ニワ・チキン〜?
一瞬の後、私、大爆笑!
そう、彼の家は、チューリッヒ郊外の住宅地にあるにも関わらず、ニワトリを飼っていたのだ。そして、毎日新鮮な卵を得ていたのである。
しかし、チキンがそもそもニワトリという意味だから、これではニワ・ニワトリになってしまう。
それにしても、ニワトリが本当にチーズを食べるのかなぁ? いくらスイスのニワトリだからって‥‥と半信半疑の私は、彼の後について裏庭に行った。そこで信じられないものを見た。2羽のニワトリが、ものすごい勢いでチーズに突進してくるではないか! 指まで噛むヤツもいて、あまりのすさまじさに、私は恐くて自分の手から与えることができなかった。
両手のひらに山盛りだったチーズは、あっという間になくなってしまった。明日、産み落とされる卵は、栄養たっぷりに違いない。
さて、話をジャスパーに戻そう・・・
私たちはかなり長いこと“マウンテン・チキン”を眺めていた。
そろそろ下りようかと遊歩道のほうに戻ると、そこにちゃんと、この頂上で見られる動植物の名前と図が描かれたボードがあった。
それによると、この鳥の名前は“Ptarmigan”、発音はターミガンである(プターミガンじゃない)。そういえば、バンフにPtarmigan Innというホテルがあったっけ。
日本名はご存じ「ライチョウ」である。日本アルプスに生息する天然記念物で、夏と冬で羽毛の色が変わる鳥として有名だ。辞書には「つま先まで羽毛がはえている」とある。やっぱりね。日本で天然記念物に指定されているとは…。昔、教科書に出ていたような気がするが、すっかり忘れていた。もちろん、本物を見るのは生まれて初めてだった。