●VIAの旅
コーチシートでは、深い眠りは無理だけど、前回よりは眠れた気がする。
前回とは、数年前、留学したばかりの私を訪ねてきた姉と一緒に、2週間ほど西部カナダを旅行した時のことだ。時期は9月だったが、この時のVIAは本当に席がなく、どうしようかと戸惑っていた私たちを含む5〜6人が別の車両に連れていかれ、そこを独占することができた。ラッキー!と思って、隣の席に行き横になって寝ていたら、朝4時に車掌に起こされ、客が乗ってくるから自分の席に戻るように言われた。
その後はよく眠れなくなり、おかげでその日はジャスパーに着いてからも頭がボーッとしており、体が揺れていて、1日中ヘンな感じだった。
それに比べたら、今回はずっとよく眠れた。秘訣は、座席に付いている足置きをうまく使うことだ。足置きを下から出して、座席の背を思いっきり倒すだけでもかなりリクライニングになるのだが、2座席使える時は、この足置きを立てるようにして、ふくらはぎに当たる部分が水平になるようにする。そうすると、シートとほぼ同じ高さになり、面積が広くなるので、横になって足がはみ出してもラクなのである。
左の写真で座席の下にあるのが足置きだ。右は足置きを伸ばしきった状態。これをうまく中間で立てると、左写真で見えている部分が座席とほぼ同じ高さで水平になる。ただし固定はできないので、うまく体重をかけてこの状態をキープしながら寝るのである。ワザがいる。
朝、起きると、もうすっかり山の中に入っている。でもまだブリティッシュ・コロンビア(BC)州から出ていない。BC州だけでもかなり広いのだ。ロッキー観光のハイライトがあるバンフやジャスパー、コロンビア大氷原はみんなアルバータ州にあるので、このあたりは区別してBCロッキーとも呼ばれている。
朝食はコーヒーとシナモン・バンズだけで軽くすませた。売店で買ってきて座席で食べ、あとはずっと展望車にいた。以前乗った時は(何回目だか忘れたが)、展望車はまるでサウナのように蒸し暑かったのだが、どうやらあれはクーラーが効いていなかったらしい。今回はガンガンに効いていて、ここに来ると寒いくらいだ。私はいつもジャケットを持って来ていた。旅の始めから風邪をひいては大変である。
BCロッキーといっても、見える景色はもう普通のロッキー山脈と同じ。ゴツゴツした山肌と頂上に残る残雪。雪の白が、隆起した地層に作る独特の横縞模様が、ロッキー山脈の特徴だ。木々はもうほとんど針葉樹ばかり。電車は相変わらず川沿いを走っているが、既に昨夜のうちにフレーザー川を離れ、トンプソン川を経て、今はノース・トンプソン川に沿って北上している。このあたりの水辺では、時々ムースが見られることもある。
ロッキーの景観は、ほとんど山、森林、川、湖でつくられているが、そのバリエーションのなんと豊富なことか! 単調なようでいながら刻々と変化しており、いつまで見ていても飽きない眺めである。
展望車から見える景色。出っ張った屋根はもう一つの展望車。
さて、車内でやっておかなければならないことがある。今日、着いてから借りるレンタカーの返却日と返却地の決定である。
ロッキー内はもちろんずっと車。その後、友人夫婦がいるカルガリーに行き、そこから州都エドモントンに北上する。「全部の州と州都を制覇する」というのが一つの目標なのだ。エドモントンでVIAに乗ってもいいが、そうするともう一つの目標「大平原を車で走る」ができなくなってしまう。しかし、ロッキーでかなりの時間を費やすので、どこかでVIAに乗らないと、移動の時間短縮ができない。鉄道を使えば、夜通し移動してくれるので、時間と宿泊費が節約できるのである。
地図を眺めながら、エドモントン〜サスカトゥーンを再び鉄道にするか、サスカトゥーンまで車で行ってそこから鉄道にするか考えた。そうすると州都レジャイナに立ち寄れない(レジャイナにはVIAが通っていないから)が仕方がない。・・・と思っていたが、この計画は時刻表を見たとたんに不可能であることが分かった。サスカトゥーン発着は夜中の2時なのである。そんな時間にホテルに着いても中途半端な睡眠しかとれないし、そこから乗車したとしても同様だろう。
なーんだ、こんなことなら最初から時刻表を見ればよかった。しかし、どうも今だに日本的な感覚で考えてしまうので、そんな時間に、小さな田舎の駅ではなく、サスカトゥーンという大きな街に発着するとは、思いもよらなかったのだ。
結局、ドライバー=シュテファンの一言で、サスカトゥーンからレジャイナも通り、なんとウィニペグまで車で行くことになった。アルバータ州からサスカチュワン州を抜けて、さらにマニトバ州の2/3まで行くことになる。ご存じのように、私はペードラ(ペーパードライバーのことをこう言うらしい)なので、運転はほとんどシュテファンになる。大変なんじゃないかと思うが、本人がそう言ってるのだから、ま いっか。免許取りたてなので、運転したくてしょうがないのだ。
でもこのほうが、時間も曜日もちょうどよかった。VIAがウィニペグを出るのは、日・火・木の12:10pm。13日の火曜日をウィニペグ発として、あとは逆算して日程を決めればよい。
実は、交通手段とルートが“正式決定”したのはこの時だった。ジャスパーからウィニペグまでレンタカー、ウィニペグからトロントまでVIA、トロントから最終地ハリファックスまでレンタカー、である。だからウィニペグ〜トロント間のVIAのチケットはまだ取っていなかった。
今日の宿泊もまだ決まっていなかった。ジャスパーにはたくさんのApproved Accommodationという朝食なしの民宿があり、今のシーズンなら、まず当日でも大丈夫だったからだ。シュテファンが一応セルラーフォン(ケイタイのこと)を持っていたが、まだ朝早いので、ジャスパーに着いてから電話することにした。
VIAはかなり北上してきた。Valemountという駅を8時頃に出る。間もなく車内放送があり、前方にカナディアン・ロッキー最高峰のマウント・ロブソンが見えるとのこと。カメラを持って待機する。
見えてきたマウント・ロブソンは標高3,954m。しかし鉄道自体が既に標高約2,500mにあるので、あまり山の高さを感じない。最初は正面に見え、その後ずっと左手に見ながら電車はカーブしていく。かなり長い間見られるので、シャッターチャンスはいくらでもあるからあわてずに。
近くで見られるのはここだけだが、ジャスパーのウィスラー・マウンテンに登ると、晴れていれば、幾重にも連なる山並みの中に、マウント・ロブソンの頂上を見ることができる。
気が付くとYellowheadという地点を過ぎていた。
えっ、じゃあもう州境を越えちゃったのぉ〜!?
・・・いささかショックだった。国境ほどではないけれど、州境もそれなりに感慨深いものがある。特に10州を全部越えようとしている今回の旅では、全部しっかり見ておこうと思っていたのだ。しかし最初からミスってしまった。あーあ。
ところで、BC州とアルバータ州では既に1時間の時差があるので、時計を進ませなければならない。このように、東に行くに連れて、私たちは1時間ずつ損をしていくのだった。時間のない旅に、これはちょっとつらかった。逆だったらよかったのに…。
11:25am、定刻より10分遅れてジャスパー到着。バンクーバー出発が30分以上遅れた割に、途中でかなり取り戻せたようだ。
生まれて初めての海外取材で強い印象を受け、その後何度も訪れたことがある山あいの小さな町に、私はまた戻ってくることができた。
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