●テリー・フォックス(最終回)
1980年9月1日。この日が「マラソン・オブ・ホープ」の最後の日となってしまった。
テリーは、オンタリオ州中西部のスペリオル湖畔にあるサンダー・ベイを走っていた。
サンダー・ベイは、スタートから5,373 km 地点で、位置としてはカナダ東西のちょうど中間あたりだが、「マラソン・オブ・ホープ」のコースの中間地点(4,430 km)にあたるサドバリーは、既に8月4日に通過していた。
サンダー・ベイに至る前から、テリーは体の変調を感じていた。疲れがひどくなり、時々咳込むようになっていたのだ。明るいうちに1日の目標距離を走り切ることが難しくなっていた。
沿道の人々は、熱い応援を送り続けた。
「がんばれテリー。あきらめるな。君ならできるよ。君ならやれる。君の後ろには私たちがついているから」
ひた走るテリーの後ろ姿。彼が着ているTシャツの背には、ニュー・ファンドランドからケベックまで、走りきった州の名前がプリントされていた。オンタリオ州はまだだった。
その日、テリーはサンダー・ベイを出て18マイルのところで、「マラソン・オブ・ホープ」を断念せざるを得なくなった。既に咳は止まらない状態で、痛みも耐えがたいほどになっていた。
走ることをあきらめ、乗り込んだ伴走車の中で、疲れのために横たわったテリーは、向けられた数本のマイクに向かって、初めてみんなの前で悲しそうな顔を見せた。
「できる限り頑張ったけど…、僕は絶対あきらめないと言ったけど…、できなかった…」
最後は涙声だった。
「僕は病院に行かなければならない。3年半前に膝にあった癌は、今、僕の肺に転移してるんだ」
そしてテリーは、故郷のポート・コクィットラムに戻り、入院した。
この日までの143日間で、彼は実際に1日平均42km走った。実に、毎日フル・マラソンに匹敵する距離を走っていたのだ。そして、癌研究のための寄付金は170万ドル以上集まった。
その年、彼はカナダの最高栄誉である“Companion of the Order of Canada”を最年少で受賞し、そのほかにも数々の賞を受けた。ビデオには、スーツ姿で受賞式に出席したテリーと両親の映像もあった。
同じ年の12月、ポート・コクィットラムの郵便局は、テリーが個人/ビジネスを含めて市民の誰よりも多くの郵便物を受け取ったと発表した。励ましの手紙や寄付は、カナダ中からまだ続々届いていた。
その後、CTVのテレソンが大きな効果をあげ、翌'81年2月1日には、寄付金はトータルで2,417万ドルになった。これはテリーが目標としていた2,200万ドル---カナダ国民が1人1ドル寄付した金額---を上回るものだった。
1981年6月28日、テリー・フォックスはその短い生涯を閉じた。彼の23歳の誕生日の、ちょうど1カ月前だった。
・・・カナダ中が涙した。
現在、テリー・フォックスを記念するモニュメントは、カナダに4カ所(オタワ、サンダー・ベイ、ポート・コクィットラム、バンクーバー)ある。
私が知っているのは、このうち2カ所。オタワでは、国会議事堂の正面にある観光案内所の前に、テリーの走る姿の像が建っている。
バンクーバーでは、ロブソン・ストリートの東南端のBCプレイス前に、近代的な凱旋門のような形のモニュメントが建っている。その門の内側の壁には、テリーが走る姿が大きく刻まれ、彼のプロフィールと「マラソン・オブ・ホープ」の経緯、そしてカナダの地図とテリーが走ったルートが描かれている。
私は、このモニュメントを見るたびに、彼の走る姿と、涙で断念した最後のシーンが思い出され、いつも目頭が熱くなってしまう。
ここは彼がゴールするべき場所だったのだろう。少なくともここまで来れば、大陸はほぼ横断し終えて、あとはバンクーバー島を残すだけ。故郷ブリティッシュ・コロンビア州の多くの人に迎えられて、くぐるはずだった凱旋門・・・
ブリティッシュ・コロンビアだけではなく、平原州のマニトバとサスカチュワン、ロッキー越えという難関があったアルバータ州の人々も、みんなテリーが元気で走ってくるのを待っていた。人々の無念な思いは、テリーの無念さそのものだった。
なんとか彼に「マラソン・オブ・ホープ」を完走させてあげたかった・・・
人々のそんな思いが形になって、今だに続けられているのが「Terry Fox Run」である。彼の遺志を引き継ぐように、年に一度、同じ日に、カナダ中の人々が、各地域に設けられたコースで、自分にできる方法(歩く、走る、自転車、車椅子)で参加している。
参加費は無料で、寄付だけ。スタッフはすべてボランティアだ。多くの人が参加しやすいよう、バンクーバー市内だけでも3カ所のコースが設けられている。全体では、世界55カ国、約5,000カ所で、150万人の人々が参加しているそうだ。
第21回目となる今年の「Terry Fox Run」は、9月16日(日)に行なわれる。
短い連載ではとても伝え切れなかったエピソードや、「Terry Fox Run」の詳細などは、下記のウェブサイトに詳しく出ている。
http://www.terryfoxrun.org/
トップページにはテリーの写真も載っている。それを見ると、これだけのことをなし得なかったとしても、彼が人間として人々を惹き付ける魅力を充分に兼ね備えていた人物であったことが感じられる。
カナダのヒーロー、テリー・フォックスは、今も多くの人々の心の中で、鮮やかに輝き続けている。
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