リック・ハンセンは既に一流の車椅子アスリートになっていた。車椅子マラソンの国際大会（３度の世界選手権を含む）で19回優勝。1984年のロサンゼルス・オリンピックにもカナダ代表として出場した。

数年前にリハビリ・センターを出た頃から、彼の胸には１つの夢が宿っていた。それは世界中を車椅子で旅することだった。その夢は日増しに大きくなっていった。ただ、その頃考えていた世界一周は、単なる肉体的なチャレンジでしかなかった。

「最初の頃の夢は、子供が寝転がって月を見上げて『いつかあそこへ行くぞ』と思っているようなものでしかなかった。そして、僕は車椅子マラソンに集中し、何度かの優勝も体験した時、世界一周をするために、自分が既に体力的にも精神的にも充分強くなっていることが分かったんだ。今、僕がそうしたいと思うならね。
でも、それが何だっていうんだろう‥‥？」

その時のリック・ハンセンは、車椅子で世界一周することを、自分の肉体へのチャレンジとしか考えていなかった。それは、当時の彼の生活を変えさせるほどの理由にはならなかった。

「その頃、僕は体育教育の学位をとるために勉強中だったし、車椅子スポーツの国際大会にも出ていた。その生活をやめたくはなかったんだ」
充実した現在の生活と、それらを捨てて世界一周に旅立つことを比べると、前者のほうがずっと重みがあった。

その彼の気持ちを大きく変えさせたのが、他ならぬテリー・フォックスだったのだ。