●常識
留学先での生活に、案外必要となるのがこの「常識」である。「良識」と言ってもいいかもしれない。ところが、人によってその「常識」に違いがあるので、なかなかやっかいなのだ。
もちろん、留学先の国によっても、また「常識」は違う。文化の違いにより、日本では当り前のことが通用しなかったり、タブーであったりすることがあり、その逆ももちろんある。日本では「ええーっ?」と思うことでも、その国では普通に行なわれていることもある。
しかし、これらのタブーや生活習慣の違いなどは、ガイドブックを見れば書いてあったりするのだ。普通の旅行ガイドでもいいし、留学ガイドを見ても、体験談という形でより具体的に紹介されていたりする。やっかいなのは、このように紹介されないケースだ。つまり、普通の生活レベルの常識に関して、なのである。
カナダを例に挙げさせていただければ、常識で考えて日本でしないことは、カナダでもしないほうがいい。日本の若い留学生たちは、カナダは日本と違ってアメリカのように自由な国だから何でも許される、と思っているフシがある。
知り合いのそのまた知り合いの話だが、1軒家のベースメント(半地下)を若い日本人留学生に貸したところ、夜の11時過ぎにその大家さんの住まいに来て、電球を換えてくれと言うのだそうだ。友達同士だったらまだしも、普通、夜9時を過ぎたら、他人宅の訪問は控えるだろう。遅くても、せいぜい10時までだ緊急事態だったらともかく、電球交換程度なら寝るまでの少しの間ガマンするか、あまり使わない場所の電球をはずして臨時に付けておけばいいのだ(たぶん、そういう知恵はないのだろうけど)。
それを、ここはカナダだから許されると思っているのである。日本みたいにそういうことをうるさく言わないだろう、と…。
じょーだんじゃない。小さい子供がいるお宅では就寝時間が早いし、会社員…とりわけストックマーケット関連の仕事をしている人は、東部時間に合わせて早朝から仕事をするため、早く寝る人が多いのだ。それでなくても、夜10時過ぎの突然の訪問は(重ねて言うが、友人宅ではなく他人宅である)、“かなりの非常識”の部類に入る。
電話だって、ホームステイ先にかけるなら、せいぜい10時までだろう。良識をもって言えば9時までだ。深夜の電話は、離れて暮らす家族に年寄りや入院中の人がいる場合、かなり不安をかき立てるものなので、通常は控えているのである。しかし、この常識/良識をまったく持ち合わせない人もいる。
私のホストマザーの友人宅にホームステイしていた20代の女の子の話だ。私も彼女も、ステイしてまだ間もなかった。彼女は年の割になかなかしっかりした人だったが、日本の友人達はそうではなかったらしい。ある時、困惑顔でこんなことを話し始めた。
「昨日、夜中の4時に日本から電話がかかってきて、困ったわ」(←関西弁)
私は瞬間「えっ?家族に何かあったの?」と思ったが、そうではなかった。日本にいる友達が数人集まって、飲み会をした時に「そうだ、カナダに行ったA子に電話してみない?」「しようしよう!」ということになったらしいのだ。しかも時差の違いを計算し、早朝4時と分かっていながら、その上ホストファミリー宅と分かっていながら、かけてきたのだという。たぶんお酒が入っていて「いいよ、かけちゃえかけちゃえ」ということになったのではないかと思う。そして、ムッとした顔のホストマザーから電話を取り次がれた彼女が出ると、ノーテンキにも「まずかったー?」と聞いてきたのだそうだ。
あったりめーだろーっ!!!と、私なら怒鳴っていたところだ。彼女がどういうリアクションをしたか詳しくは知らないが、とりあえず私の友達にこういう人はいないのでホッとした。来たばかりで、これからうまくやっていこうと思っているホームステイ先に、こんなことをされたらたまらない。
これがもし日本にかける場合だったら、どうだろう?
この友人達が海外旅行をしていて、お酒が入った時、「じゃあ日本にいるA子の家に電話してみよう」ということになり、時差を計算したら、日本は午前4時だったとしたら…? 一人暮らしならともかく、家族と同居している場合だったら、絶対にかけないと思う。たとえ酔っ払っていても。
それが、相手が外国となると、いとも簡単にこの「常識/良識」という歯止めがなくなってしまうのだ。
それに、早朝4時に緊急でもない電話でホストファミリーをたたき起こしたら、A子さんの立場が悪くなるだろうということは、まったく考えられていない。
30代以上のみなさんなら、ちゃんとこういう生活レベルの常識/良識をわきまえていらっしゃるだろうから、留学先でもそれを忘れないでいてほしいと思う。それが引いては、ホストファミリーや周囲の人とうまくやっていくポイントとなり、あなたの留学生活を安定した楽しいものにしていくのである。