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国際結婚こう・ふこう
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●カルガリー事件・その後(3)

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●金銭感覚の違い(2) <国際結婚ワークショップより>

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●カルガリー事件への反響

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●国際結婚のイメージ(2)

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01/03/08
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01/02/22
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01/02/15
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01/02/08
●論法の違い

01/02/01
●私の周りで「国際結婚」が動いている!?

01/01/25
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00/11/30
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00/11/09
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00/11/02
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00/10/12
●不幸の実例

00/10/05
●日本人移民の大半は国際結婚移住 ●バンクーバーの特殊性 ●「こう・ふこう」とは





●論法の違い

以前4回にわたって「コミュニケーションの問題」を取り上げたが、今日、とある出来事から、日本人とカナダ人の論法の違いも、カップル間の心に小さなミゾをつくる原因となり得るかもしれないと考えてしまった。

「コミュニケーションの問題」では、主に言語の違いと表現の仕方の違いに焦点をあてていたが、この論法の違いとは、早い話が言い方の順序の違いである。論文の書き方などでよく言われるのは、英語では結論をいちばん先に持ってきて、後からそれを説明していく、日本語では、こうでこうでこうだからという説明の積み重ねがあって、いちばん最後に結論を述べる。

書き方だけでなく、これは話し方にも反映されている。
よく「日本人はなかなか結論を言わない」と言われるのがそのいい例だ。となると、カナダ人は結論から先に言うのか・・・。あまり意識したことはなかったが、おそらくそうだろう。少なくとも、Yes/Noは非常にはっきり、しかも最初に言う。

今日あった出来事とは、こうだ。
先週の号で書いた新しいウェブサイトの仕事のため、今、リンクさせていただくサイトのオーナーに、確認のメールを送っている。その中に、カナダの別の都市にいる人で、私もお会いしたことがある方に、お願いメールを送っていた。その返事がきた。

私のメールの引用の後、彼の書き出しはこうだった。
「これは非常に微妙なところです」
そうか、どんなふうに微妙なんだろう?どんな事情があるんだろう?と思ったら、次の行が
「結論から言うとNoです」
だった。

正直言って、読んだ時は“グサッ”だった。
彼はその後、事情説明を長々と書いてくれ、私も納得はしたが、最初の痛みはあまり薄らがなかった。

別にその人に対してどうこういう思いはないが、気付かされたことがある。彼は若い頃カナダに来て、もう30年近くこちらにいる人だ。言い方、表現の仕方、論法は、もうカナダ・スタイルになっている。つまり、結論から先に言うのは、彼にとっては、ごくごく自然のことなのだ。そのほうが相手にとって親切、と考えている人もいる。

ところが私は純日本的日本人。「これは微妙なところ…」と切り出されたら、この後、なにか説明がきて、徐々にYesかNoを匂わせつつ、結論を持ってくるだろう、と暗黙のうちに期待していた節がある。
それが、いきなりスパーンと結論に行かれてしまった。しかもNoだ。だからグサッときちゃったんだな。

こういうことは、別に初めてではない。カナダに来てから何度も経験している。 しかし、相手が日本人だと、どうも日本にいるのと同じ感覚で接してしまう。

そこでハタと気がついた。
夫に結論から先に言われる論法の違いで、傷ついたりしている日本人の妻もいるんじゃないだろうか。
「傷つく」ったって、小さくグサッて感じの傷なんだが、それでも回が重なれば痛みは深くなる。たとえば、夫が反対意見を言う時、いつも「No」を先に言われていたら、その後いくら理由をやさしく説明されても、一度へこんだものはなかなか立ち直れない。そんな小さな傷、小さな我慢が、妻の心に日々蓄積されているとしたら・・・
夫はもちろん気付かない。彼にとっては、Yes/Noを先に言うのは当り前だからだ。

実は最近、痛ましい例をいくつか耳にしている。いずれも日本人妻の話だ。こちらの環境、生活、人間関係に心底なじめず(表面上はなじんでいる)、小さなストレスの積み重ねから、ついに心のバランスを崩し、暴れだしたり、欝状態になってしまうというケースである。
この“心の問題”に対して、バンクーバーにはまだ充分な受け皿がない。定期的に日本や他の都市からカウンセリングに来てくださっている精神科のお医者さん(日本人)はいるが、年々増えていくそういうケースに、先生の数も時間も足りず、対応が追い付かないのが実情なのだ。

こんなことを考えていると、結論を後から言う日本人の論法は、いきなりショックを与えないために、徐々に徐々に結論を匂わせ、相手の心構えができたところでYesかNoを言う、相手に優しい方法なのではないかという気がしてくる。

もちろん程度の問題はある。あんまりウダウダダラダラやられたら、私だって「早く結論を言ってよ!」という気持ちになるけどね。