●食べ物について(2)
そのカップルは、ご主人がカナダ人、奥さんが日本人。2人は、ご主人が日本に住んでいた5年の間に知り合い、結婚した。
ところが、ご主人は日本食が大嫌い。「味」や「食材」が嫌いというより、多分に精神的な「日本が嫌い」という気持ちが反映していたようだ。彼は日本滞在中に不快な思いをすることが多く、ストレスいっぱいの生活を送っていたそうで、そういった体験が「日本嫌い」「日本人嫌い」の気持ちを強めていった。その延長線上での「日本食嫌い」だった。
そして、カナダに戻ってからは、日本食をいっさい口にしなくなった。奥さんがどんなにおいしそうに料理しても、日本料理というだけで、空腹でも全く手をつけなかったという。
私にとっては、信じ難い話だった。
じゃあそもそも、そんなに嫌いな国の人と何で結婚したのか?という疑問がわくが、その辺はプライベートなことなので、質問したことはない。
彼が日本に仕事をしに行ったということは、もともとはそれほど嫌いではなく、むしろ興味を持っていた国なのだろうと思うが、カナダ人の友達には、妻が日本人だということを隠していること(これは奥さんから直接聞いた話)と、彼が講師をしているあるクラスでは、日本の悪口ばかり言っているという事実が、私をいっそう驚かせた。
妻が日本人であることを隠す訳は、一部のエリート・カナダ人の間では、日本人と結婚している男性を軽蔑の目で見る人もいるからだった。このコーナーのバックナンバー第4回目を読んでいただくと分かるが、夫はそういう日本人狙いの男と思われ、妻は白人好きの軽い女という先入観で見られるのだ。だから、エリート層とのつきあいがあり、自分もエリート意識が高い男性の中には、日本人と結婚していることを隠そうとする人もいるのである。
一度「ご主人は、日本にいた時は何を食べていたの?」と聞いたことがあるが、ハンバーガーとピザとフライドチキンとパスタか何かのローテーションがあって、それを繰り返していたのだそうだ。そして、現在では、奥さんはもう日本食を作るのをあきらめ(食べてもらえないので)、ツナの缶詰を開けてお皿に出す毎日だという。
もし、自分の夫がこうだったら、私はいたたまれないだろうと思った。日本食をこれほどまでに拒絶され、自分が日本人であることを隠され、人前で日本の悪口を言われているということは、私のアイデンティティを否定されたように感じるからだ。
食べてみて、食べられない物はしょうがない。でも、食べずに「日本食」というだけでそっぽを向かれるのは、なんだか自分が育った文化や、ひいては私自身にも、どこかで背を向けられているような気がしてしまうだろうと思った。
でも、こういうカップルも、まぎれもなく存在するのである。葛藤と戦いの時期を乗り越えた今、妥協点(家では日本食は作らない。食べたくなったら友達と外食する)を見い出し、それなりにうまくやっているようだ。たかが食べ物、されど食べ物・・・
国際結婚カップルの間では、3度の食事も、時にはお互いの文化につながる重みを持っているのである。